不安定な再生可能エネルギーのような私たちの労働力:アジャイル開発
現代社会において、企業は従業員に安定した労働力を求めます。しかし、個人の労働力は、太陽光や風力といった再生可能エネルギーに似て、本質的に不安定なものです。太陽が沈めば発電量が落ちるように、私たちの集中力やモチベーションも常に変動します。体調を崩す日もあれば、家庭の事情で仕事に集中できない時もあるでしょう。人間である以上、常に一定のパフォーマンスを発揮し続けることは不可能です。
企業は社員教育などで従業員に「タバコを吸うな」「酒を控えろ」「よく眠れ」「精神を安定させろ」といった生活習慣の改善を求めることがあります。これらは、まるで「風が常に吹け」「太陽は常に照らせ」と自然に要求するようなものです。個人の努力だけで労働力を安定させようとするのは、無理があると言わざるを得ません。
「安定した労働力」は個人の努力だけでは不可能
では、どうすれば安定した労働力を確保できるのでしょうか?その答えは、個人の努力だけでは実現できないという点にあります。不安定な再生可能エネルギーが電力網全体で安定供給されるためには、蓄電池や他の発電方法との組み合わせ、そして広域での連携が不可欠です。
私たちの労働力も同じです。誰か一人が常に100%の力を出し続けるのではなく、チームや組織全体が協力し、互いに補完し合うことで、初めて安定した生産性が生まれます。例えば、ある人が体調不良でパフォーマンスが落ちても、他の人がカバーできる体制があれば、組織全体の労働力は安定します。個人の強みや弱みを理解し、柔軟な働き方を許容し、必要に応じて助け合える協力体制こそが、不安定な私たちの労働力を安定させる鍵となります。
「アジャイル」に学ぶ、労働力の安定化戦略
近年のソフトウェア開発などで注目されているアジャイルという概念は、この不安定な労働力を安定させるヒントを与えてくれます。アジャイルとは、変化に対応しながら柔軟にプロジェクトを進める手法です。1~2週間といった短い期間で目標を設定し、タスクを細かく細分化した上で、それをチームで作業します。いったん細分化すれば、部分的でも仕事を進めることができるため、たとえ個人の労働力が不安定でも、うまく対応できると考えられます。
しかし、その実践されている姿を見ると、大きく分けて「強いアジャイル」と「緩いアジャイル」という二つのパターンがあるように感じます。
「強いアジャイル」は、まるで一つの生命体のようにチームが一体となり、常にチームで行動するスタイルです。トヨタカレンダーのように休日も統一し、休む時は一斉に休み、働くときは一斉に働く。メンバー間の連携が密で、阿吽の呼吸でタスクを分担し、個々の変動をチームの総力で吸収します。特に時間管理面でメンバーの多様性を受け入れず、集団行動を重視します。
アジャイルが日本に導入された際、このような実践が多く見られたように思います。1日8時間常にペア作業で、ある意味さぼることを許さない「軍隊のようなアジャイル」と表現できるかもしれません。
一方で、「緩いアジャイル」は、もう少し個人のペースを尊重するスタイルです。集合するのは朝会などの短時間だけ。メンバー構成は不安定で、その時にいるメンバーでできる範囲を最大限に頑張る。働く時間も無理に合わせず、参加できるときだけ参加する。個人の自律性を重んじながら、必要な情報共有や連携だけを最小限に行うことで、全体として目標達成を目指します。これは、メンバーが持つ「不安定な再生可能エネルギー」を、全体として「安定した電力」に変換するシステムに例えられるでしょう。
日本でも研究開発部門など、労働時間の采配が比較的自由で個人に任されているような現場で、このような実践が見られたかもしれません(私自身の経験ではないため、想像も入ります)。
アジャイル開発の起源「XP」の働き方から考える
アジャイル開発の初期の形態であるXP(エクストリーム・プログラミング)では、興味深いオフィス環境が提唱されていました。それは、大部屋の周囲に個人の作業スペースがあり、通常はそこで個々人が作業に集中するというものです。しかし、プログラミングなどペア作業が必要な場面になると、二人は部屋の中央にある共同作業用のテーブルに移動してペアで作業を進めます。ペア作業が終われば、また個人の作業スペースに戻るというように、「集中して個人作業を行う場所・時間」と「集まって密に協業する場所・時間」が明確に分かれていました。
これは、「強いアジャイル」が持つ集団の規律性と、「緩いアジャイル」が許容する個人の自由度を、状況に応じて柔軟に切り替えることを示唆しているのではないでしょうか。常に一緒にいる必要はなく、必要な時にだけ集まることで、個人の生産性とチーム全体の連携効率を両立させていたのです。
また、中央にある共同作業用のスペースを魅力的にすることも強調されていました。最高のマシンや広々としたディスプレイ、テーブルを用意し、そこでは面白そうな会話が繰り広げられる。自然とペア作業をしたくなるように空間を設計するわけです。
XPは非常にシンプルな方針から展開された分かりやすいアイデアでした。しかし、その有効性に注目が集まると、その後のアジャイル開発には、様々な提案がなされ、今では標準化もされ、幾分と複雑になってしまい、ルールベースのなんだか面倒くさい方法論になってしまったようにも思います。XP以降は、私自身はやや興味を失い、勉強していないため、間違ったことを言っているかもしれませんが、そう感じています。
XPではチームの自己決定権が非常に尊重されていました。ファシリティ(設備)についても、気に入らなければ、どんどん変えてしまう。パーティションを取り払ったり、机の引き出しを取り外してしまったり(ペア作業をしやすくするため)。では、今のアジャイル開発はどうでしょうか?小さい机にぎゅうぎゅうになり、ペア作業をしているような事例も耳にしました。「アジャイルなら机は二人に一つでいいから、オフィス代が節約できるな」、なんてセコイこと考えた人いないでしょうね?
多様な「体内時計」を受け入れる組織
「緩いアジャイル」の考え方は、個々人の「体内時計」が異なる私たち人間の特性に深く関わっています。朝型人間もいれば夜型人間もいるように、集中できる時間帯やモチベーションの波は人それぞれです。
「強いアジャイル」は通常、生産性は良いと思われますが、大部屋に缶詰めにされ、常に集団行動を強いられるため、ストレスは高くなりがちです。結果として長続きしない場合もあります。またメンバー間の密な情報共有に多くの時間を取るため、個人の自己学習や成長を阻害することもあります。一方で、「緩いアジャイル」は柔軟性を提供しますが、こちらは逆に規律を保つという点で工夫が必要になるかもしれません。
従業員の画一的な「安定」を求めるのではなく、個人の多様な「体内時計」を理解し、それぞれに合った働き方を許容する場合、「緩いアジャイル」の方向性を取り入れることになるでしょう。
不安定な再生可能エネルギーを最大限に活用するために多様な蓄電方法や連携システムを構築するように、私たちの労働力も、個々の特性を活かし、チームとして柔軟に連携することで、より持続可能で生産性の高いものとなるはずです。
あなたの職場は、どのような「アジャイル」を目指していますか? そして、そこであなたの「体内時計」やチームの自己決定権は、どのくらい尊重されていますか?
