人生の「幸福のどん底」は48歳? 60歳目前の私が各年代の幸福感を振り返る
あなたは、自分の人生の幸福度が、いつ頃ピークを迎えると思いますか? そして、もし「幸せのどん底」が来る時期があるとしたら、それはいつ頃だと想像しますか?
先日、「48歳に『幸せのどん底』が来るとしたら、私たちはどう働き、どう備えたらいいのか」という興味深い記事を読みました。(参照:48歳に「幸せのどん底」が来るとしたら、私たちはどう働き、どう備えたらいいのか | サストモ - 知る、つながる、はじまる。)
この記事を読んで、60歳を目前にした私自身の人生を年代別に振り返り、「幸福感」がどのように変化してきたのかを考えてみました。人生の波とは、一体どんなものなのでしょうか?
20代:人生のピークと就職活動の憂鬱、そして自信過剰な「俺様」社員
私の記憶では、大学3年生が人生で一番楽しかった時期かもしれません。研究室での白熱した議論、気の置けない仲間たちと夜通し酒を酌み交わし、くだらないことでも真剣に語り合った日々。あの頃の自由と知的好奇心に満ちた時間は、まさに幸福そのものでした。
しかし、大学4年生になると状況は一変。就職活動が始まり、将来への漠然とした不安がのしかかり、憂鬱な日々が続きました。高望みして様々な企業にチャレンジしましたが、ほとんどが失敗に終わりましたね。
就職した後、なぜか、大学時代のアパートの夢をよく見ていたのは、あの頃の気ままな生活が忘れられなかった証拠かもしれません。夢では、アパートに住んでいるのは私だけ。周りの友達はみんな就職していなくなっています。毎日、コンビニに弁当を買いに行ったついでに、近所の友達のアパートを訪ねるのですが、空き部屋ばかり。みんないなくなったな、と一人でアパートに帰る。ちょっと寂しくて怖い夢でした。
一方で、会社に入社してからは、まるで会社が自分を中心に回っているかのような自信過剰な時期がありました。プログラムを作成していると気分がハイになり、「俺様がすべてのロジックを司っている」という万能感に襲われることがあります。「俺がいないと会社が回らないぜ」と内心本気で思っていたことも。まだ周囲がよく見えていなかったのでしょう。今思えば、この頃の「俺様発言」で多くの敵を作っていたかもしれません。当時の私はあまり気づいていませんでしたが、若さゆえの怖いもの知らずだったのです。
「出る杭は打たれる」は本当だった? 若手社員が直面する現実
「出る杭は打たれる」という言葉がありますが、私自身の経験からは少し異なる側面も見えてきました。若い頃は、多少生意気でも「将来性がある」と見なされ、すぐに攻撃されることは少なかったように思います。若いうちは周りも誰が出世するのか分かっていないので、若手とはとりあえず仲良くしておこう、という忖度もあったのでしょう。しかし、年を重ねて、会社の中で「こいつはこれ以上出世しないな」と周囲に悟られた途端、手のひらを返したように風当たりが強くなる……。そんな冷徹な現実を肌で感じた時期でもありました。
30代:人生の節目、家庭、そして「静かな退職」の始まり
20代後半、ジャスト30歳の誕生日をなぜか恐れていました。社会的に成功したり、有名になったり、そうした可能性の有効期限が何となく30歳だと感じていたからです。
それでもまだ、多少の野心はあり、プライベートでアプリケーション作成を試みたりもしました。でも仕事で疲れて、ストレスで酒を飲み、休日はついつい休んで、一日寝てしまったりで、自己嫌悪。結果的には大したことはできませんでした。
子供ができるとかなりの部分、子供が生活の中心になりました。 子供と一緒に遊ぶのは純粋に楽しかったです。子供ってこんななんだ、自分もこうやって育ってきたんだと、子供と一緒に成長していく実感がありました。 毎週、公園に遊びに行ったり、キャンプや遊園地に行ったり、結構アクティブに活動していたと思います。
20代のころはまだ大丈夫だったのですが、徹夜が続いた時期があり、体調を壊しました。 めまいがひどく平衡感覚を失い、日中、歩いて移動するときに、何かに手を付いたり、触りながらでないと、フラフラして転びそうになる。正直、怖かったです。 これはまずいなということで、自主的に仕事への積極的な態度というのでしょうか、それを控えて「がんばらないようにしよう」と決意しました。
40代:仕事と子育て、体力の限界で「どん底」を迎える
30代と同様に仕事は忙しく、責任も増えるばかり。それに反比例するように、体力は確実に落ちてきました。「ああ、もう若くないな」と痛感する日々です。
この頃には、「50歳ぐらいで会社を辞めたい」という漠然とした願望が芽生えましたが、子供たちの教育費や将来を考えると、やはり「続けないと」という気持ちが勝りました。老後の資金もまだ貯金できていませんでした。仕事では、やりたい開発業務だけでなく、リーダー職のような性に合わない役割も任され、ストレスを感じることも少なくありませんでした。
一方で、子供の成長は親としての大きな喜びでした。40代前半は30代と同様に、子供と遊び、一緒に暮らしている感覚が強かったですが、40代後半からは、少しずつ変化してきました。段々と彼らが自立し、自分の世界を持つようになるにつれて、私自身の「一人時間」が多くなってきました。一緒に遊ぶ機会が減るのは少し寂しいものですが、一人で過ごす休日は、日々の喧騒から離れ、心を整える大切な時間となりました。この「一人時間」の確保は、40代後半からの心の支えでしたね。
保育園へのお迎えと、「静かでない?騒がしい退職」
子育てとの両立、というほどではないですが、家庭のために仕事を早く切り上げるようにした時期もありました。 妻と相談して、朝の保育園への送り、そして週一回だけですが、お迎えもやりました。お迎えは放課後児童教室の小学校低学年まで続きました。
もちろん、女性から見ると「それくらいで育児をやった気になるな」という程度のものだったでしょう。それでも週一回でも定時前に退勤するという行為は、当時、女性はやっている人もいましたが、男性では皆無でした。16:00頃、そそくさと消えるようにタイムカードをピッとやって、逃げるように会社を後にする。上司には許可をもらっていましたが、結構、職場の風当たりはきつかったと思います。周囲が残業するほど忙しい状況であったことからも、周りからは冷ややかな目で見られていましたね。
その週一回以外は結構残業もしていたのですが、一度、出張先から残作業のため帰社したところ、オフィスに誰もいないことがありました。後で確認すると、その残作業は「今日はやらなくてもいいよ」という判断があったそうですが、誰も出張先の私には連絡してくれなかったというわけです。これは一例ですが、若いころの俺様発言の影響か、あるいは残業が多かった当時の職場のストレスフルな状況のせいなのか、周囲の冷たい目を感じたことを思い出します。
その結果、ますます仕事への積極的な態度を止めるようになったのですが、 いわゆる「静かな退職」でなく、「騒がしい(目立ってしまった)退職」になってしまっていたかもしれません。(実際には退職してませんが)
「幸せのどん底」48歳とセミリタイアへの興味
最初に紹介したウェブサイトの記事では48歳が「幸せのどん底」ということでした。プライベートはともかく、仕事は間違いなくそうだなと共感しますね。 自分の望まない仕事で、しかも忙しい。毎日睡眠不足で体力も落ちてきた。 正直、早く辞めたいなと思っていました。
別のブログ記事にも書きましたが、この時期、毎晩のようにブログ村の「セミリタイア生活」カテゴリーをチェックして、読み漁っていました。 大きくセミリタイアへの興味が湧いてきたのは、まさにこの40代です。
50代:肩の力が抜け、見えてきた新しい働き方と幸福感
そして50代に入り、少しずつ状況が楽になってきたと感じています。若かりし頃の「俺様」気質や、30代の焦りや自己嫌悪、40代の体力的な不安も薄れ、肩の力が抜けてきたように感じます。定年退職へのカウントダウンでゴールが見えてきたということもあります。
特に、コロナ禍でのリモートワークの普及は、私の働き方に大きな変化をもたらしました。通勤時間の削減や、自分のペースで仕事を進められる自由は、精神的なゆとりと幸福感に直結しました。この年代になって、ようやく自分にとって本当に心地よい働き方や生活のスタイルが見えてきたように思います。 もちろん、家にいても月曜の朝の気分は最悪ですし、何十年もなんであんなに苦労して毎日電車に乗って会社に通っていたのかなとは思いますよ。
また、それ以外にも働き方改革など長時間残業を問題視する社会の風潮も後押しして、残業も少なくなり、自分の職場で言えば、少しずつホワイトな雰囲気も出てきました。
幸運にも、IT産業に従事している関係で、今でもリモートワークが継続できています。これで週3日ぐらいだったら、60歳以降も働いてもいいのですが。会社の制度的には厳しいかもしれません。
プライベートもますます一人の時間が増えました。子供と接する時間は80%が高校生までで終わってしまうという話を聞いたことがありますが、その通りです。今では子供の方が体力・知力的にも上で、自活できているようです。大人になってしまったさみしさはありつつも、それでも一人でゆっくりと過ごす休日はかけがいのない時間です。
まとめ:人生の幸福度は波打つもの。そして「幸せのどん底」の先にあるもの
私の人生を振り返ると、幸福感は常に一定ではなく、年代ごとに様々な波があったことを実感します。大学3年生のピークから、就職活動の憂鬱、30代の体調不良と子育ての葛藤、40代の最悪な時期、そして50代での新たなゆとり。
もし、48歳が「幸せのどん底」だとすれば、現在、40代だった頃の私のように、その時期を経験している人もいるかもしれません。しかし、そのどん底を経験したからこそ、そこからちょっとずつ回復したり、新しい価値観を見つけたりすることで、その後の幸福感がより強く感じられるかもしれません。…と、その渦中にいる人に言っても、あまり響かないかもしれませんね。
しかし、私は、40代の時には、50代になれば少し楽になるなんて予想もつきませんでした。この記事が各世代の皆さんの参考になれば幸いです。