drambuieの日記

drambuie, life is a dram to be satisfied with

次は私の番:時代の先頭を行く高齢者

次は私の番:時代の先頭を行く高齢者

母方の祖母が亡くなり葬儀、初七日も終わったころ、実家を訪ねると、母が庭でボーっと夕日を見てる姿に遭遇しました。 やはり思うところがあるのかなと近づいてみると、「いや、次は私の番かな、なんて考えていて」ということでした。

親がいるとやはり安心

たとえもう親は働いておらず、自分は経済的に自立していたとしても、親がいるというのは、やはり安心感に繋がるのではないでしょうか。

それはつまり、「自分はまだ死なない、親の次だ」と、死に関する問題をどこか親に預けているからです。

この感覚は、私たちがまだ子どもだった頃から、無意識のうちに育まれてきたものかもしれません。例えば、風邪をひけば親が看病してくれたり、初めての一人暮らしで心細い時に電話や手紙で親の声を聞くとホッとしたり。そうした日常の小さな安心感の積み重ねが、究極的には「死」という最も大きな不安に対しても、親という存在がフィルターになってくれているのだと感じます。親という存在がある限り、私たちは「守られている」という感覚を、どこかで持ち続けている。それは、社会的な立場や経済状況に関わらず、人間の根源的な欲求なのかもしれません。

「星の一生」の思い出

小学5年生の夜を思い出します。『星の一生』という本に夢中になり、夜空を眺めては、この宇宙はいったいどれくらい広いんだろう、50億年後には太陽も消滅するらしいけど、一体どうなるんだろう、と考えを巡らせました。

そして、ふと気づいてしまったのです。100年も待たずして、自分の親も必然的に死んでしまうという事実に。もちろん同時に自分もいつか死ぬことも理解しましたが、それは大した問題には思えませんでした。小学生の私は、生活の全てを親に依存していましたから、その時、自分は一体どうしたらいいんだろうかと夜空を見上げて途方に暮れたことを覚えています。

先生を抜くことはできない

30歳ぐらいの頃でしょうか。知力も体力も充実し、年収も親を上回り、家庭も持った私は、生意気にも「親を抜いた」なんて考えていた時期がありました。

しかし、別の記事にも書いたように、40代は生きているのが結構つらく、親に対する見方も大きく変わりました。親が40代の頃を思い返すと、どんなに大変な時期でも、子どもである私にそのような態度を見せたことはなかったと思います。もちろん親にも色々な苦労があったと思いますが、それらを乗り越えて今も平然と生きている(ように見える)という事実に、強すぎる言葉かもしれませんが、驚愕しました。「親を抜いた」なんて思った自分は甘かったのだと考え直しました。

「先生は先に生きる人」などと言いますが、先に生きる親を一生「抜く」ことなどできないのだと痛感しました。

時代の先頭を行く高齢者

私たちに先んじて死に直面し、それでも平然と生きている(ように見える)高齢者たち。

その存在は、まるで死という未知の領域を探検する先遣隊のように思えることがあります。彼らは私たちよりも先に、誰もが避けて通れない人生の最終局面を歩んでいます。その道は、時に試練に満ちているはずですが、それでも彼らは、私たちには計り知れない強さや穏やかさを持って、日々の生活を営んでいます。

私は今はまだ、この「死の課題を親に預けている」という安心感に感謝しています。彼らは私たちのために、人生の終着点とその先を見据えながら、どのように生きるべきかを示してくれているのかもしれない、と感じているからです。

死ぬことについて頭で考えても仕方がない、と頭では分かっています。しかし何十年あるいは時に100年以上かけて死んでいくという長いプロセスの中で、それをどのように実践していけばいいのかは、親や高齢者の姿を真似することで体に覚えさせるようなことが必要なのでしょうか?これからの課題です。

いつか私も、彼らのように「時代の先頭」に立つ時が来るでしょう。その時、私はどのように人生を全うできるだろうか。彼らが示してくれる道の先にあるのは、ただの終わりではなく、一見平然にも見える、豊かに生き抜くための知恵や、残された時間を大切にする心構えなのだと、想像しています。