塩少々が厭われる時代:デジタルスケール時代の調理と手ばかり、目ばかり
料理の世界で、「塩少々」という表現が以前ほど当たり前ではなくなりました。昔ながらの計量の表記法は影をひそめ、代わりにグラム単位の正確なレシピが主流になりつつあります。この変化は、デジタルスケールや電気調理器具の進化と、「誰でも失敗なくおいしく作りたい」という現代のニーズが背景にあります。
手ばかり、目ばかり
かつて料理は「経験と勘」、体に覚えさせるものでした。レシピ本の「塩少々」は、長年の経験に裏打ちされた、その料理人ならではの「ちょうどいい加減」を意味していました。
「塩少々」は「親指と人差し指でひとつまみ」という表現で、その人の手の大きさや力加減で分量は変わります。 しかし、これらは、経験を積んだ料理人にとっては効率的で合理的でした。 なぜなら、計量器具は不要で体が覚えていればよく、いちいち計量するよりも調理の作業スピードが格段に上がるからです。
昔たまたま興味に止まってメモしたのですが、 「婦人乃友」2004年1月号の「家事力のボトムアップ 衣食住77の知恵」には、以下のような具体的な目安が掲載されていました。
目ばかり
- 卵1個が約50グラムがめやす。ピンポン玉30g、卵M50g、卵L70g。
- 卵と同じ大きさは50g。じゃがいも、にんじんなどの根菜類、挽肉、ごはん、みそなど。
手ばかり
- 200g: せん切り野菜は両手でおおって約200g。
- 100g: 刻んだ野菜は片手に軽く盛ると100g。
- ひとつまみ: 3本の指でつまむ(親・中・人差し指)…小さじ1/5(1g)。
- 少々: 2本の指でつまむ(親・人差し指)…小さじ1/8(0.6g)。
ひとつまみと少々の違いなど、調理が、体の使い方と密接に関連していたことが分かります。 繰り返し訓練して体で覚えることにより、調理のスピードアップと品質の安定につながります。
少々でなくグラムで表現してほしい人たち
しかし、現在、「塩少々」と表記すると、「正確にグラムで記載してほしい」「不親切だ」と感じる人が多いそうです。特に料理を始めたばかりの若い世代に多いように聞きます。
手ばかりや目ばかりが敬遠されるようになったのは、料理の失敗を減らしたいというニーズが高まったからです。
デジタルスケールの普及により、0.1g単位で正確に計量できるようになりました。これにより、「大さじ1」「小さじ2」といった目安ではなく、「15g」「10g」のようにグラム表記でレシピが提供されることが増えました。特に、健康志向の高まりから、塩分量を厳密に管理したいという人々にとって、正確なグラム表記は不可欠な情報となりました。
また一度に作る量が少なくなっているのかもしれません。昔ながらの料理本が書かれた時代は、大家族が多く、一度にたくさんの量を作るのが一般的でした。しかし、核家族化が進み、一人暮らしや二人暮らしが増えた現代では、少量ずつ作る機会が増えています。このため、大さじや小さじといった単位ですら多すぎることがあり、「少々」というあいまいな表現では分量の調整が難しくなるのです。
デジタルスケールと電気調理器具がもたらした革命
デジタルスケールは、調理の再現性を飛躍的に高めました。レシピ通りに測れば、誰が作っても味のブレが少なくなります。 特に、わずかな分量の差が致命的になるパンやお菓子作りでは、もはや必須の道具と言えるでしょう。
さらに、温度を一定に保つ電気調理器具も革命をもたらしました。低温調理器や自動調理鍋、そして高性能な炊飯器などが、難しい火加減の調整を自動で行ってくれます。 これにより、煮込み料理や肉の完璧な火入れなど、高度な技術が必要だった工程が誰でも簡単に行えるようになりました。
これらの進化は、料理を「マニュアル通りにやれば、誰でもプロの味に近づける」ものへと変えました。
変わらない「臨機応変」の必要性
しかし、どんなにデジタル化が進んでも、料理における「臨機応変」の必要性は決してなくなりません。
例えば、毎日の炊飯を考えてみましょう。同じお米でも、夏場の水温と冬場の水温では浸水時間が大きく異なります。夏はすぐに浸水が進むため、そのまま炊くとベチャベチャになりがちです。 また、新米と古米でも、吸水率が違うため、水の量を微調整する必要があります。 炊飯器の自動設定が優秀でも、こうした細かな違いを考慮しないと、理想の炊き上がりにはなりません。
私たちの味覚も、その日の体調や季節によって変わります。夏にさっぱりした味を好んだり、汗で失った塩分を欲しがったり。 冬には、体温維持のために失われたエネルギーを補充するため、こってりしたものを食べたくなったりするのは自然なことです。
4月は炊飯に失敗する飲食店(チェーン店)が多い
この「臨機応変」の必要性は、飲食店でも同じです。 私の個人的な印象ですが、4月は炊飯に失敗する飲食店(チェーン店)に遭遇する頻度が高いように感じています。
特にチェーン店ではマニュアルが徹底されていますが、4月は新入社員やアルバイトが多く入る時期。また、気温や水温が上昇する季節です。 炊飯のマニュアルはあっても、季節によって変わる水温や室温までは考慮されていないケースが出るのかもしれません。 その結果、炊き上がりの質が不安定になり、「4月はなんだかご飯がベチャベチャしていることが多いな」と感じるのかもしれません。
まとめ:進化する料理との向き合い方
「塩少々」というような、身体をベースとした計量は家庭やチェーン店から失われつつありますが、その代わりに「誰もが一定レベルの料理を楽しめる」時代が来ました。
ただ、料理は、正確なレシピに従うだけでなく、最終的には自分の身体を使って生み出し味わうという点に変わりはないでしょう。 デジタルスケールや最新の電気調理器具を賢く使いこなしつつ、「手ばかり、目ばかり」といった考えも時には参考にしてみたらいかがでしょうか。