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佐賀県警のDNA鑑定不正問題:一人作業禁止は必要か?

佐賀県警のDNA鑑定不正問題:一人作業禁止は必要か?

佐賀県警のDNA鑑定不正問題のニュースを聞いて、効率性を度外視してもペア作業なり、レビューを必須にしたほうがいいのか?ちょっと考えました。

科学鑑定は高い客観性が求められるにもかかわらず不正が発生した背景には、「鑑定作業の独立性」と、警察官のような「相互牽制(ペア行動)」の原則が適用されないという、科捜研特有の事情が関係していると考えました。

また、専門性の高い分野で不正を防ぐには、物理的なペア作業以外にも、鑑定プロセスの透明化三者による技術的レビューも効果的な手段です。

佐賀県警のDNA鑑定不正問題のあらまし

佐賀県警科学捜査研究所(科捜研)に所属していた元男性職員による、長期にわたるDNA鑑定の結果の捏造虚偽報告が発覚した重大な事案です。犯罪捜査という、人の人生や、場合により生死にかかわる事案についての不正は大きな問題です。

  • 不正行為と期間: 元職員は、およそ7年半にわたり、実際にはDNA型鑑定を行っていないにもかかわらず、行ったかのように虚偽の鑑定報告を行っていました。この不正は130件にも上るとされています。
  • 動機: 元職員は、不正の動機について「上司に対し、自分の仕事ぶりを良く見せたかった」と供述したと報じられています。
  • 発覚後の対応: 元職員は懲戒免職処分を受け、書類送検されました。佐賀県警は、不正が確認された鑑定について再鑑定を実施し、再発防止策として、鑑定作業の各段階での上司による立ち合いの徹底チェック機能の強化などを進めています。

普通に考えると裁判のやり直しではないかと思うのですが、佐賀県警は、現状それは必要ないという判断をしているようです。三権分立の日本において、なぜ裁判所でなく、不正を犯した県警自身がそれを判断できるのか、刑事司法の根幹に関わるこの判断は大きな論点となります。

この事件は、私にとって、「効率性」と「正確性・信頼性」をどう両立させるか、そして「ダブルチェック」や「ペア作業」の必要性について考える大きなきっかけとなりました。

警察は基本ペアで作業するものだと思っていた

刑事ドラマでは、刑事は基本ペアで行動します。「相棒」はタイトルの通りですし、「噂の刑事トミーとマツ」「あぶない刑事」のタカとユージなんかも思い出します(古くてスミマセン)。 その影響か、私は警察は基本ペアで作業するものだと思っていました。しかし、科捜研の職員などはこれに当てはまらないようです。

刑事ドラマで見るように、警察官がペアで行動するのは現実の原則です。しかし、この原則は職種によって「必要性」と「目的」が異なります。

職種 主な活動場所 ペア作業の目的 行動原則
警察官/刑事 街頭、事件・事故現場 安全の確保職務の公正性(相互牽制) 原則ペア行動
科捜研職員 鑑定現場、研究室 高度な専門鑑定 単独または専門チーム

警察官がペアで動くのは、危険から身を守るためだけでなく、互いに監視し合うことで、職権乱用や独断を避けるための公正性担保の仕組みでもあります。しかし、科捜研職員は専門家としての独立性が重んじられるため、この「ペア原則」は適用されず、その単独作業の独立性が、不正の「機会」を与えてしまった可能性が指摘されています。

医師はなぜ一人でカルテを書けるのか?

個人の開業医(診療所)は、医師が一人でカルテを作成しますが、これは「チェック体制がない」のではありません。その業務は個人の専門性に基づき、代わりに外部の仕組みによって公正性が担保されています。

  1. カルテは「記録」: カルテは、行った診療行為と、そのプロセスで観察・判断した事実を記録した「メモ」であり、鑑定や判定そのものの結果ではありません。この「記録」が、後の診療や審査の客観的な根拠となります。
  2. 法的責任の重さ: 医師法により、カルテの作成5年間の保存が厳しく義務付けられており、違反すれば刑事罰の対象となるため、医師個人の倫理と責任が最大限に問われます。
  3. 事後的な監査: 毎月のレセプト(診療報酬明細書)が審査機関に提出され、不適切な診療や不正請求がないか厳格な審査と監査が入ります。

医師のカルテ作成は、「個人の責任」「外部からの監査・厳罰」という事後的なチェックによって、信頼性が維持されている構造です。

銀行の不正はどうか?

また、不正という点で、思い出したのが銀行の事案です。

銀行の不正(貸金庫窃盗など)は、厳格なチェック体制が存在するにもかかわらず、それを内部の人間が「仕組みの盲点」を突いて不正を働いた事例です。

  • 相互牽制の無効化: 貸金庫の鍵や入室記録の管理が、信頼されている特定の管理者に集中した結果、その人物が内部統制(ダブルチェック)の仕組みを実質的に無効化できる状況を生みました。
  • ルールの逆手: 銀行が貸金庫の中身を確認しないという顧客のプライバシー保護のルールが、盗難発覚の遅れにつながりました。

銀行のような厳格な組織で不正が起こるのは、業務の属人化チェックの形骸化によって、不正の「機会」が生まれてしまったからです。

上下関係でのチェックはチェックにならない

この銀行の事案から言えるのは上下関係でのチェックはチェックにならないという点です。

なぜなら、上から下をチェックすることは可能ですが、下から上をチェックすることが不可能だからです。 上司はある程度ルールを無視できます。さらに上の上司からチェックされない範囲、裁量権のある範囲で自由に行動できます。 めくらばんを押すこともできる。めくらばんを押さないと仕事が回らない、そういう忙しさもあるでしょう。

平社員同士、権限をあまり持たない、立場が同じ者が相互チェックしないと意味がありません。 平社員は与えられた職務を全うできなければ、叱責され、場合によっては職を失います。つまり、不正をすることのリスクが大きいのです。

管理職が明らかに不正をした、もちろんそれは解雇の対象となり、本人のリスクも高いことは言うまでもありません。しかし、部下の不正を見逃した場合、管理不行き届きではありますが、おそらく懲戒解雇まではいかないでしょう。部下が行った不正で部下が懲戒解雇となっても、上司はそこまでは罰せられません。

一般社員が常に誠実かというとそういうこともありません。もちろん不真面目で、悪人だらけだ、というようなことを言いたいわけではありません。多くは真面目な人です。 しかし、自分には関心が向けられていない、そうしたことを社員が感じた場合、状況が不正を招いてしまう可能性が高くなります。 そうした状況を作ってしまうと、そこから不正の可能性が出てきます。ということを考えています。 (もちろん、そうした状況にいる全員が不正をするわけではありません)

💡 課題の核心:「不正のトライアングル」が揃ってしまった

警察、医療、銀行といった、国民の信頼が基盤となる高いコンプライアンスが要求される業界で不祥事が続く背景には、「不正のトライアングル」という要素が揃ってしまった構造的な問題があります。

これは、犯罪学者のドナルド・R・クレッシーが提唱した理論で、不正行為は通常、以下の3つの要素が同時に存在する時に起こりやすくなると説明されています。

  1. 動機 (Motive / プレッシャー)
    不正を働こうとする「きっかけ」です。金銭的な困窮、組織への不満、昇進欲など、どんな組織にも存在しうる要素です。
  2. 機会 (Opportunity / 実行可能性)
    不正を実行できる「環境」です。これが、私たちが「チェック体制が甘い」と感じる原因であり、組織の努力で最も排除しやすい要素です。
  3. 正当化 (Rationalization / 罪悪感の軽減)
    不正をしても「仕方ない」「許される」と自分を納得させる「心理」です。「バレないだろう」という過信や「会社が悪い」という論理で、罪悪感を薄めます。

🔑 課題の解決:「人が見えない」環境を排除し、危険性を構造的に断つ

不正を防ぐために本当に必要なのは、「人は誰でもプレッシャーや誘惑に負ける可能性がある」という現実を踏まえた「仕組みによる相互ケア」です。

これはつまり、不正のトライアングルにおける「機会」を徹底的に排除し、組織内で「他人に興味を持たれていない、見られていない人」、そして「自分だけが全てを知っている業務」を作らないようにすることに他なりません。

危険性を構造的に断つための3つの柱

不正の機会を断つため、組織は主に以下の3つの柱に基づいて体制を構築する必要があります。

  1. 権限の分散と共有(「一人に任せない業務」の徹底)
    業務の属人化を解消し、「この人でなければできない」という状態を排除します。これは、重要な鍵の管理やシステム承認権限を複数人に分散させ、誰もがチェックや代替できる状態を目指すということです。銀行におけるジョブローテーションの徹底などは、この対策の典型例であり、不正の実行者を孤立させ、リスクを構造的に低減します。
  2. プロセスの透明化(「何をやっているか見える業務」の実現)
    隠れた作業やブラックボックスを作らないことが不可欠です。すべての業務プロセスを可視化し、重要な段階では三者の目を入れることを必須とします。具体的には、科捜研での鑑定作業の重要段階における上司や同僚の立ち合いを必須にしたり、刑事の事情聴取を必ずペアで行うことで、行動の公正性を確保し、隠蔽を不可能にします。
  3. 記録と客観的監視(「後から検証できる業務」の確立)
    不正の機会を断つ最後の砦は、自動的かつ客観的に行動履歴を残す仕組みです。すべての重要操作やシステムへの入退室についてシステムログを自動で取得します。重要なのは、このログや記録を不正に関与しない第三者(監査部門など)が監視・検証することです。この「見られている」状態の構築は、実行の困難さ(機会の排除)だけでなく、「バレないだろう」という正当化の心理的抑止力を同時に生み出します。

この3つの柱により、人ではなく仕組みで組織の信頼を守るという、建設的な取り組みこそが今、最も求められています。

※ソフトウェア開発において、アジャイル開発を取り入れている方々は、このセクションを見て、「あーウチはもうやっているね」と感じる方が多いかもしれません。

🚀 不正防止策が招く、イノベーションの停滞リスク

一方で、同時に考えたいのが、 厳格な不正防止策は組織の信頼を守るが、同時に技術革新や業務効率化を停滞させるトレードオフを生じさせるリスクがあるという点です。

イノベーションは「隠れた作業」から生まれる

多くの革新的なアイデアや技術的なブレイクスルーは、個人の自由な発想や組織の目から離れた「隠れた試行錯誤」から生まれることがあります。

  • 過度な透明性: 常にプロセスを可視化し、他者の目を必須とする「プロセスの透明化」は、職員に「失敗を記録される」ことへのプレッシャーを与え、前例のない大胆な実験や非効率に見える模索をためらわせる可能性があります。
  • 属人化の功罪: 「属人化の解消」は不正防止に有効ですが、高度な専門知識の集中や、その知識に基づいた単独での深い思考こそが、従来の常識を破るイノベーションの温床となる側面もあります。科捜研職員のような専門家にとって、独立性が奪われることは、専門家としての創造性や効率性を著しく低下させることにつながりかねません。

不正を排除するための「相互監視の仕組み」と、革新を生む「個人の創造性と自由」は、本質的に相反する概念です。組織は、信頼性と安全性を確保しつつ、リスクを許容する余地をどこに残すかという、極めて難しいバランスを取ることが求められます。

不正防止とイノベーションを両立させる「プロフェッショナル・ギルド」の可能性

ここでふと思いついたのが、最近の異世界転生モノによくあるギルドの存在です。 不正防止のための厳格な「仕組み(ルール)」は組織の信頼を守るために不可欠ですが、そのルールを強化するほど、「自由な探究心」「非効率な試行錯誤」というイノベーションの種が失われてしまいます。

このトレードオフを乗り越える鍵は、組織の制約から切り離された「もう一つの場所」を作ることかもしれません。

それは、特定の技術や課題を持つ専門家たちが、給与や評価とは完全に切り離された自由意志で集う「プロフェッショナル・ギルド」のようなコミュニティです。

  1. 創造性の維持: ギルドは、失敗を恐れることなく新しい鑑定手法などを研究・試行錯誤できる心理的安全性の高い場」となります。
  2. 不正リスクの分離: 組織の公式な業務データやネットワークを使わず、指揮命令下にもないため、ギルドでの活動が公式な不正の温床になるリスクを回避できます。
  3. 知識の還元: ギルドで生まれた革新的なアイデアは、「提言」として組織の正式なルートに提出され、組織がそれを評価し、業務として採用・実行するという仕組みです。

組織は、不正防止のための仕組みは厳格に維持しつつ、技術進化のための自由は外部の「ギルド」に委ねるという、二重構造を持つことで、「信頼性」と「革新性」のバランスを高い次元で実現できるでしょうか。

ちょっと、これでは解決策としては不十分かもなと感じつつ、少し思考実験をしてみました。