drambuieの日記

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60歳からの健康戦略:涙腺崩壊に注意

60歳からの健康戦略:涙腺崩壊に注意

最近、とみに涙もろくなりました。

ふと小学校から聞こえる合唱の声、我が家は田舎のせいか、小中学生が「こんにちは」と挨拶してくれることもあります。 何気ない出来事になぜか涙が止まらず困ってしまうこともあります。

河口湖のコンサートでは演奏家が「本日の演奏はいかがだったでしょうか」と問いかけたのを聞いただけで泣いてしまい、ちょっと恥ずかしかったです。

特に感激する場面でもないのに、目に涙を浮かべている高齢男性、危ないやつにしか見えません。

若いころは、コンサート会場で、目頭を押さえている人を見ても、特に共感はしませんでした。 芸能人ですぐに涙を浮かべる人がいましたが、なんとなく、うさんくさく思っていました。 しかし、現在は、それが非常に共感できるほど、すぐに涙が出てきます。

なぜ高齢になると涙もろくなるのか

最近の知見では、この涙もろさは、「脳のブレーキが緩くなるから」という説が有力です。

大脳の中枢で、記憶や学習、行動や感情を制御している「背外側前頭前野という部位が、加齢に伴い機能が低下することで、感情の抑制機能が弱まると考えられています。つまり、感受性が豊かになったというよりは、感情の制御(ブレーキ)が利きにくくなった結果、涙腺が緩んでしまうということのようです。

一方で、これは必ずしもネガティブなことばかりではありません。涙が出るのは、ストレスが高まった後に、自律神経が交感神経優位(緊張状態)から副交感神経優位(リラックス状態)へ切り替わるサインでもあります。泣くことでストレスが緩和され、脳がリフレッシュされる効果もあるのです。

普段から心を動かされていないからかもしれない

この、涙もろくなったという件を家族に話したときに言われたのが、普段の生活で「心を動かされていないからではないか」ということです。

IT産業に従事していますが、普段の仕事ではロジカルにものを考えるといったような業務が多く、効率的な仕事を心掛ける必要があります。 一方で、子供の合唱や、芸術は、これとは真逆のことにも感じます。

涙腺の緩みを「感情のブレーキが緩むこと」と捉える一方で、この家族の指摘のように、「心を動かす」体験への渇望も関係しているのかもしれません。

ロジカルで効率を追求する日常業務の中では、感情や情緒は時に邪魔な要素として扱われがちです。しかし、人間は感情の生き物です。普段、理性で抑え込んでいる情緒的な部分が、純粋で計算のない「子供の合唱」や「芸術」といった真逆の刺激に触れた途端、堰を切ったように溢れ出すのかもしれません。これは、「心を動かす栄養」が不足していることの裏返しとも言えるでしょう。

現実生活での対処方法

涙を抑える方法

とは言え、TPO(時と場所と場合)をわきまえるのも大人のたしなみです。ビジネスの場や厳粛な席などで、不意の涙に困った時のために、一時的に涙を抑える方法を試してみるのはどうでしょうか。

  1. 目線を上に向ける: 涙腺に圧力がかかりにくくなり、涙がこぼれにくくなると言われます。「上を向いて歩こう」ってやつです。
  2. 上唇の裏側(歯茎の付け根)を押す: 痛みが刺激となり、涙の分泌を一時的に抑える効果があるとされています。(※指で上唇と歯茎の間を数秒間圧迫する方法です)
  3. 深呼吸をする: 感情の高ぶりを落ち着かせ、自律神経を整えることで、涙が流れ出すのを防ぐ助けになります。

恥を捨て泣き顔をさらすのも恐れることはない

涙もろくなった自分を、私のように「危ないやつ」と自虐的に見る必要はありません。むしろ、これは「感受性がまだ生きている証拠」であり、他者への「共感力」が衰えていない証とも言えます。

高齢になり、若い頃の鎧(よろい)や体裁を気にする気持ちが少しずつ剥がれ落ちていく中で、感情を隠す必要もなくなってきます。「ああ、自分は今、感動しているんだな」とありのままを受け入れ、涙腺崩壊を受け入れることも、一つの「健康戦略」ではないでしょうか。涙を流しストレスを解放することで、心身の健康を保つ効果もあるのです。

自然が美しく、この世は去りがたい

これはシベリウスの言葉だったと記憶しているのですが、今回改めて検索したところ、確認はできませんでした。

それはシベリウスが晩年、「自然があまりにも美しすぎて、私はなかなかこの世を去ろうとは思えない」という後ろ髪を引かれるような気持ちを表現した言葉です。どこかで読んだ気がするのですが、私の捏造かもしれません。

カズオ・イシグロの小説『日の名残り』にも「人生は夕方が一番美しい」といった表現があったように記憶しています。

検索では確認できませんでしたが、シベリウスがそうした「生の執着」「自然への深い愛」を感じさせる言葉を残したという記憶は、この涙もろくなる今の心境に深く響きます。

夕暮れ時が最も美しいように、人生の夕方もまた、輝きを増すのかもしれません。涙もろくなるのは、これまで見過ごしてきた日常の美しさや、人との繋がり、命の尊さといったものが、加齢と共により鮮明に見えるようになった証拠ではないでしょうか。

「人生は夕方が一番美しい」という表現のように、人生の終盤に見える景色は、若い頃には決して捉えられなかった深みと美しさを伴っている。この「美しすぎてこの世を去りがたい」という感情は、老いを恐れるのではなく、「今」を大切に生きるエネルギーに変換できるはずです。

ル・グィンゲド戦記』より、この引用は間違っていないはずです。

このように、帰ってくることのない旅を前にして、これを最後と愛する土地に立つとき、人は誰も、その土地を全体として、ありのままに、深いいつくしみを持ってながめるもので、そういう見方は、あとにも先にも二度とはできないであろう。

とりあえず、ハンカチを常に持ち歩こう

涙もろくなるのは、人間の自然な変化であり、ある種の「心の健康」を示すサインかもしれません。制御が効かなくなったとしても、無理に抑え込む必要はありません。

「涙腺崩壊」を恐れず、むしろ心の赴くままに感動し、スッキリと生きる。これこそ、60歳からの新しい健康戦略です。

まずは、いつでも堂々と涙を拭えるよう、少し上質なハンカチをポケットに忍ばせる。これが、涙もろい自分を認め、人生の新たなステージを楽しむ第一歩となるでしょう。