drambuieの日記

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2044年前の古代ローマ帝国からあった少子化問題

2044年前の古代ローマ帝国からあった少子化問題

昨日の記事で、少子化・人口減少に伴う社会保険料の増大の懸念について書きました。

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この少子化問題、 以前、塩野七生「ローマ人の物語」を読んで興味深かったのですが、2000年以上前、古代ローマ帝国でも少子化現象はあったようです。

具体的には

紀元前1世紀の終盤、初代皇帝アウグストゥス(紀元前63年 - 西暦14年)の時代には、すでに上流階級(貴族や騎士階級)の未婚率上昇と出生率の低下が深刻な政治課題となっていました。

アウグストゥスはこれを食い止めるため、以下のような「道徳立法(ユリウス法・パピウス=ポッパエウス法)」を制定します。(紀元前18年:2044年前)

  • 独身者へのペナルティ: 一定の年齢で独身の者に重税を課したり、遺産相続の権利を制限したりする。
  • 多子世帯への優遇: 子供を3人以上持つ市民には、公職就任の優先権や税の免除を与える。

しかし、これらの法律は市民から猛烈な反発を受け、結局はザル法化していきました。皇帝が必死に「結婚して子供を作れ」と命じなければならないほど、事態は深刻だったのです。

その原因は?

なぜ、地中海を制覇した最強の帝国で子供が減ったのでしょうか? その多くは、古代ローマが「成熟した豊かな社会」になったことに起因します。

  • ライフスタイルの多様化と自由: 征服戦争が落ち着き平和(パクス・ロマーナ)が訪れると、人々は「義務」よりも「個人の楽しみ」を優先するようになりました。独身で自由に観劇や宴会を楽しむ生活の方が、子育ての苦労より魅力的になったのです。
  • 教育費の増大と相続問題: 上流階級の間では、子供に高い教育を受けさせ、政界や社交界で通用する「教養」を身につけさせることが必須でした。その養育費・教育費の増大が、多子を避ける要因となりました。また、財産が分散するのを防ぐため、あえて跡継ぎを一人に絞る、あるいは作らないという選択もなされました。
  • 女性の地位向上と自立: ローマの女性は他国に比べて権利が強く、財産権を持つこともありました。家庭に縛られず、社会的な活動を好む女性が増えたことも一因と言われています。

つまり、「子供一人あたりの育成コスト(教育費・教養)が跳ね上がった」ことが、少子化の大きな要因だったのです。

【視点】日本の昭和の事例と対比してみる

ここで、少し視点を変えて、日本の昭和の事例と比較してみましょう。私は昭和40年代生まれですが、当時のことを思い出すと、田舎の農村や漁村では学歴軽視の親も多かったと思います。

「大学なんて行く必要はない。すぐに働いて金をかせげ」

「余計な知恵がつくと幸せになれない」

実際、小学校・中学校の同級生はほとんどが高卒どまりでしたね。

貧しい田舎では学歴軽視、逆に都会では高学歴、私学重視と二極化していました。この「貧しい田舎での学歴軽視」は、一見すると少子化とは無関係に見えますが、実は「子供を早く労働力としてみなす」という文化では、子供一人あたりの育成コストが極めて低く、結果として多子になりやすい傾向がありました。

対して、古代ローマの上流階級や、現代の日本の都会に見られる「高学歴重視」は、子供一人ひとりに莫大な投資を必要とするため、必然的に「少産少死(子供を少なく生み、手厚く育てる)」へと向かわせる強力な圧力となります。

豊かさが少子化を招くのは古代から変わらない

こうして古代ローマと日本の昭和を対比させてみると、少子化の本質は「貧しさ」だけではなく、皮肉にも「成熟した社会の豊かさ」と、それに伴う「子供への投資コストの増大」にあることがわかります。

選択肢が増え、生活水準が高まり、子供に求める「質(教養や学歴)」が高まれば高まるほど、人は「次世代への投資」を負担に感じ、子供の数を絞るようになります。

古代ローマの人々も、今の私たちと同じように「結婚や子育てというコスト(特に教育費)を払ってまで、得られるリターンは何だろう?」と自問自答していたのかもしれません。

2000年前の超大国が、皇帝の法的な強制力をもってしても解決できなかったこの問題。人類にとって、豊かさと人口維持の両立がいかに難しいかを物語っています。