50代後半の者です。
60歳でセミリタイアはアーリーリタイア?
当たり前だったゴールがどんどん後ろに移される
私は50代後半ですが、20代で新卒入社したときは、「60歳で退職」は誰もが描く将来のゴールでした。しかし、時代は変わり、段々と60代でも働くのが普通のような風潮となり、「働き続けてくれ」みたいな社会の圧を感じます。
しかし、やはりスタートしたとき描いたゴール設定は守りたい。60でやめるのを見据えて生きてきたのに、今更延長は止めてくれという気持ちがあります。
社会への好奇心と「少し働く」可能性
一方で、社会への好奇心は尽きません。例えば、業界の裏側を覗いてみたい、経済がどう動いているのか垣間見たい、といった気持ちもあります。
心身の負担が第一ですが、可能であれば、60代でも少しは働く選択肢も考えています。従来の「フルタイム勤務」とは異なる、新しい働き方の模索ができないのかなと思います。
昔の会社はもっと不真面目だった?働き方の変遷
私が入社した当時、企業はもっと、おおらかというか不真面目でした。職場にいる時間は長かったかもしれませんが、常に真面目に集中していないとみたいな風潮は薄かったと思います。
- 土曜の半ドン(半日出勤)、残業時間などでは働いているのか遊んでいるのか判別しにくい人がいました
- 定時が過ぎると自席でビールを飲んで「この方が仕事がはかどる」と言い放つ人や、たばこを吸う人、将棋を指し始める人
さらに私より前の世代の話になりますが、カイゼン活動や組合活動なども、労働時間外にやっていたのは、どこかクラブ活動的な自由活動の雰囲気があったからのように思います。 組合活動では、そこで出会いをきっかけに結婚するカップルも多かったと聞きますし、カイゼンも会社指示というよりは、労働者が勝手に職場の施設・ルールをいじってしまうようなお楽しみの行為だったのかもしれません。
さらに、サザエさんの波平さん、さらには明治時代の小説などを読むと、当時の人たちは日の出ているうちに仕事を終えて、飲みに行くとか、とっとと家に帰るとかしていたようです。 もしかしたら、一日6時間程度の労働が当たり前だった時代もあったのかもしれません。
現代の65とか70まで毎週5日間8時間労働とか狂気の沙汰に思えてきます。
「50になれば窓際」が意味するもの
かつては窓際族という言葉がありました。以前の50代は今の50代よりずっと老けて見えていたと思います。一線からは退いて、一般社員でも相談役みたいになるのが自然だったのではないでしょうか。おそらく物理的というか体力的に無理だったんだと思います。例えば、平均寿命が60代後半の時代に、60までガンガン働きたいとは思わないだろうし、周囲にもそこまで働かせるのも酷だと思われていたのではないかと想像します。
徐々に仕事の強度を減らし、若手にノウハウを伝授してから60でリタイア。そんな移行プロセスがあったのではないでしょうか。
では現代における理想の働き方は?
現在は平均寿命が80を超えるようになり、「65ぐらいまで働いても良いよね、場合により70でも」みたいな考えが広まりました。しかしここで問題なのは、労働強度に柔軟性がないことです。
「毎週5日間8時間労働、でなければ、バイトか無職」のような極端な2択しかない現状は、私たちが望むものでしょうか。
「週4日勤務、週35時間、ベーシックインカム」といった、世界で試みられている新しい働き方には大きな関心があります。 私たちはどのような働き方を目指すべきなのでしょうか。というか私はどうしましょうか。
- 週4勤務、労働時間短縮、ベーシックインカム。世界の働き方改革の実験 | サストモ - 知る、つながる、はじまる。
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