AIに推敲してもらったら、少しクサい表現になってしまったでしょうか。少し気恥しいような感じもありますが、公開します。 また専門家でないため、ロシアに対する理解は不正確かもしれません。
歴史に残る必要もない私たち
渡辺京二さんの著書『ドストエフスキイの政治思想』には、「誰の目にも入らぬ生活をして誰の目にも入らぬように死んでいくもの」「この地球上に誰ひとりおぼえているものもなく、覚えている必要もないもの」という表現があります。 この言葉は、ある意味で突き放したように聞こえるかもしれませんが、逆にドストエフスキイが言いたかった、ロシアの民衆が持つ力強さを描き出しています。「ロシア(とウクライナ)の穀物地帯と農民の偉大さを知れ!」
私たち一般人もまた、このような存在だと言えるでしょう。ロシアの農民のように、名を成さずとも、一日一日、一年一年を繰り返し、そして死んでいきます。
私自身、30代までは「何かを成し遂げなければ」「成功したい、有名になりたい」といった強迫観念にとらわれ、社会的に突出した成果を出せない自分に引け目を感じていました。 しかし、60歳を目前にした今、そうした焦燥感は諦めとともに薄れ、アンジェラ・アキの『手紙』にある『苦くて甘い今を生きている』という感覚がしっくりくるようになりました。
日常の中にこそ見出す価値
歴史に名を刻むような偉業は、私たち一般人には縁遠いものです。しかし、私たちの日常には、誰かの記録には残らないかもしれないけれど、確かに価値のある瞬間が溢れています。
- 家族との何気ない会話や笑顔
- 趣味に没頭する充実した時間
- 自宅の庭で草木の手入れをする静かな喜び
- 近所の馴染みの店で交わす他愛ない挨拶
- 美味しい食事を心ゆくまで味わうひととき
これらは、歴史に記録されることはなくとも、私たち自身の心を豊かにし、幸福感をもたらしてくれるかけがえのないものです。
「誰の目にも入らぬ」人生を肯定する
私たち一般人が、歴史の表舞台に立つことは稀です。多くの人は、家庭を築き、地道に働き、地域社会の中で役割を果たす、ごく普通の人生を歩みます。 もちろん家庭を持たないことも普通の選択肢です。 しかし、その「普通」の中にこそ、私たち自身の真の価値があります。
60歳を迎え、余計な見栄や世間の評価から自由になった今だからこそ、私たちは、誰の目にも入らない、自分だけの「豊かさ」や「幸せ」を追求する自由を手に入れたと言えるでしょう。それは、派手な成功とは無縁かもしれませんが、心の平穏と深い満足感をもたらしてくれるはずです。
誰の目にも入らぬように生き、誰にも覚えられる必要がない。この言葉は、若い頃にはどこか寂しく響いたかもしれません。 しかし、今は、そうした「無名」を受け入れることで得られる、静かで満たされた幸福があることも知っています。 私たちは、歴史に残る必要などないのです。
もちろん歴史に残る方々は必要です。そうした方々には拍手と、幾ばくかの同情を捧げましょう。例えば「名を以って責任を負ってくれてありがとう」などでしょうか。
AIがもたらす新たな視点
しかし、インターネットとAIによって事情は少し変わりました。私たちの、特にインターネットでの発言はすべて保存され、AIによって学習されます。 人類が太陽系外への冒険を試みる時、そうしたAIも一緒に宇宙を渡っていくかもしれません。
このような未来が来るかは不透明ですが、自分たちの思いを文字にして残していくことは大切だと感じます。同時に、過去の記録に残らなかった人々の生活を想像したり、できれば再発見したりすることもできるといいですね。

