drambuieの日記

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酒なんてまずいもの:フリーレンのボースハフト

※以下、漫画/アニメ『葬送のフリーレン』のエピソードに関するネタバレが含まれます。


酒なんてまずいもの:フリーレンのボースハフト

お酒が好きですが、私はできるだけ博愛主義で行きたいと思っています。

世の中には「まずい酒」も確かに存在しますが、それに対して「金返せ」だの「こんなの酒じゃない」だのと文句を付けている人を見ると、 「この人は、本当に酒が好きなわけではないんだな」と思ってしまうのです。

「酒なんてまずいもの、まずくて当たり前のものだ」、(元ネタはユーベルですが)フリーレン様なら言うのではないかと思うのです。

フリーレンのボースハフト(あらすじ)

最近、放映された『葬送のフリーレン』に、幻の酒「ボースハフト」を巡る印象的なエピソードがあります。

あるドワーフが、人生のすべてを捧げて探し続けてきた幻の酒「ボースハフト」。ついにその保管庫を見つけますが、それは強力な結界に阻まれています。

偶然再会したフリーレンに結界の解除を頼むドワーフ。しかし、フリーレンは最初あっさりと断ります。

「生涯をかけて探したお酒がマズかったらどうするの?」

フリーレンは知っていたのです。ボースハフトが、実はとんでもなく「マズい酒」であることを。 結局、仲間に促されて結界を解き、ドワーフは念願の酒を口にします。案の定、それは顔をしかめるほどマズいものでした。

しかし、そこで物語は悲劇にはなりません。 「200年もかけて探した伝説の酒が、笑っちゃうほどマズかった」という事実を、仲間と共に笑い飛ばし、共有する。 その体験こそが、人生を彩る価値になる——そんな救いに満ちた結末でした。

そもそも水の代わりだったワインやビール

歴史を遡れば、酒は必ずしも「嗜好品」ではありませんでした。

中世ヨーロッパなどでは、生水を飲むことは病気のリスクを伴う危険な行為でした。そこで、殺菌作用のあるアルコールを含んだワインやビールが、「安全な水分補給の手段」、つまり水の代わりとして日常的に飲まれていたのです。

当然、それらは現代の私たちが吟味して飲むような代物ではありません。酸っぱかったり、濁っていたり、保存状態が悪くて劣化していたり……。今なら「まずい」と切り捨てられるような味が、当時の人々の命を繋いでいました。

「まずいけれど、飲まなければ生きていけない」

そんな切実な背景を知ると、酒という存在が持つ「人間の生への執着」が透けて見えてきます。味が良いか悪いかは、歴史という長いスパンで見れば、後付けの贅沢に過ぎません。

未知の味への好奇心:まずい味の理由を探る

成人したばかりの頃、とある「灘の銘酒」と言われる日本酒を飲む機会がありました。歴史あるブランドの名を冠したその酒を一口飲んだとき、正直な感想は「ぶっちゃけ、まずい」でした。

当時、漫画「美味しんぼ」に代表されるようなグルメブーム。日本が豊かになり、香りのよい吟醸酒がブームとなった時代です。それと比較すると、従来型の日本酒の品質は見劣りしていました。

私はそのマズさを「好奇心」に変えてみました。つまり「なぜ、これほど名のある酒が、私の舌に不快に響くのか?」と考えたわけです。

調べてみると、日本酒が「まずくなった」と言われる背景には、戦後日本の切実な歴史がありました。

「まずい」には、まずいなりの工夫があった

かつて日本酒の質が低下したのには、大きく分けて3つの理由があります。

  • 三倍増醸酒(三増酒)の登場 戦中・戦後の極端な米不足の中、米を節約しつつ大量の酒を供給するため、醸造アルコールや糖類、酸味料を添加して3倍に薄めて増量する手法がとられました。当時の目的は味の追求ではなく、安価に「酔い」を提供することでした。「灘の銘酒」は三増酒ではありませんでしたが、低コストで量を確保するという風潮が日本酒業界全般にありました。
  • 「速醸酛(そくじょうもと)」による効率化 天然の乳酸菌を取り込む手間暇かかる手法から、純粋な乳酸を添加して短期間で安定して造る技術へ。これにより「失敗」は減りましたが、同時に酒の「個性」や「奥行き」が平坦になりました。
  • 醸造アルコール添加 今では否定されることもあるアル添ですが、当時は腐敗を防ぎ、少しでも多くの人に届けるための、工夫でもありました。

「まずい」と感じたあの味は、職人の怠慢ではなく、「貧しい時代に、少しでも安く娯楽(酒)を届けようとした」という、当時の日本の切実な最適化の結果という側面もあります。

吟醸酒を飲まなかった叔父

その後、就職した20代のころ(1990年代ぐらいです)、時々、帰省していた叔父に、当時ブームになりつつあった華やかな吟醸酒を勧めたことがあります。若かった私は、純粋に「美味しいもの」を共有したかったのです。

しかし、叔父は私の勧めには乗りませんでした。

「そういう高い酒は、俺には合わないんだ」

そう言って、いつもの飾らない酒を選びました。 当時は不思議に思いましたが、今ならその理由が少しわかる気がします。

叔父にとっての酒は、頭で味わう「作品」ではなく、長年の仕事の疲れを癒やし、明日への活力をつなぐための「日常そのもの」だったのでしょう。 高級な吟醸酒の香りは、彼が戦い続けてきた日常には、合わなかったのかもしれません。

あの日、叔父が拒んだのは酒の味ではなく、それまで自分が信じて飲み続けてきた「生活の味」を守りたかったからではないか——。今となっては、そう不思議に記憶に残っています。

外れ年のマルゴー

ボルドー地方の不作(気候悪化)により外れ年と言われたシャトー・マルゴーを飲ませてもらったことがあります。(ちなみに当たり年のマルゴーなんてものは飲んだことがないです。)

酸味が強く、薄くて、食事にも合うようなものではありません。高級ワインを飲ませてもらったにもかかわらず、コメントに困りました。

しかし探っていくと、香りにはどこか薔薇のような気品があります。複雑さの残滓みたいなものもあります。失敗作かもしれないけれど、ものすごいポテンシャルを感じる、そんな感じです。

そのワインが目指している高い目標。しかし、不運にも気候に恵まれず失敗してしまった結果。それでも気品が残っている。

何か人の人生を連想させるような出来事でした。

人の営みを感じながら飲む

かつての職人たちが、貧しさと戦いながら編み出した「増量」や「効率化」の技術。それは美食のためではなく、「今日を生き抜く庶民の活力」のために最適化された味でした。そう考えると、その独特のアルコール感や後味すらも、当時の日本が歩んできた泥臭い歴史の風味に思えてきます。

不運な気候に泣いたマルゴーも、戦後の混乱を支えた日本酒も、そこには「ままならない現実」と「それでも高みを目指した意志」が同居しています。

「人生をかけた探し物が、実はマズかった」

「期待して飲んだ銘酒が、口に合わなかった」

それは一見、失敗や無駄に思えるかもしれません。でも、その「まずい」という体験の裏側にある歴史に触れたり、あるいは「マズかったね」と誰かと笑い合ったりすることができれば、それはもう単なる失敗ではありません。

まずい酒を、まずいと言いながら楽しむ。 それは、その酒が辿ってきた時間をまるごと飲み干すような、とても贅沢でフリーレン的(長い時間軸で俯瞰的に見る)な楽しみ方だと思うのです。

次にあなたが「まずい一杯」に出会ったとき、すぐに酒杯を突き返さず、その味の意味を考えてみてください。 その味の裏側に、かつて誰かが必死に造り上げた「歴史の足跡」が隠れているかもしれません。